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テレビ東京系 「そして音楽が始まる」 2003.6.8(日) 10:54〜11:24
※N=ナレーション/A=ASKAさん/C=CHAGEさん

博多市内、繁華街の映像から始まりました。インタビュー映像はチャゲ兄、ASKAさん別々に撮影された単独の映像でした。二人の絡み、インタビュアーの肉声はなく、ナレーションとインタビュー映像、その合間にライブやバックステージの映像を組み込んだ構成でした。

N: 日本の音楽界に数多くのアーティストを送り出してきた福岡博多の街。今から24年前その曲も、ここ博多の街で生まれた。CHAGE&ASKAのデビュー曲「ひとり咲き」。九州で大学のバンド仲間だった二人はこの曲でプロの世界への切符を手に入れた。
C: やっぱツインボーカルの面白さが、もう確実に織り込まれてる楽曲だなと思いますよ。CHAGEとASKAのいいところ全部。そのボーカルよりも。で、やっぱり原点ですよね。あれはああいう曲作れって言われたらもう作れないですよってことですよ。もう無理でしょうつうね。
A: 「ひとり咲き」って福岡、故郷っていうのと僕の中では同義語ですね。「なんで福岡が好きなんですか?」って言われると「え、だって生まれた土地だもん」って言うしかないんですよ。「福岡のいいとこ言って下さい。」・・・わかんない、何がいいんだか全然わかんない。「何がいいんですか?」「えっ、だって生まれた土地ですよ。」そういうのと似てるかもしれませんね、「ひとり咲き」っていうのは。ある意味・・・うん・・・
N: しかし「ひとり咲き」は故郷への決別の曲でもあった。
提供テロップ〜CM
N: CHAGE&ASKAが青春を過ごした福岡、博多の街。(博多市内の映像)高校時代からそれぞれバンドを組んでいた二人を偶然結びつけたのが、当時音楽を目指す若者達の登竜門だったヤマハポピュラーソングコンテスト。(ポプコン出演時の映像・・・静止画でした。)通称ポプコン。そこで二人は初めてツインボーカルを組むことになりました。
C: そのお、ASKAの声質と僕の声質が妙に混ざるわけですよね。その時にこりゃ面白いかもしれないって思ってましたけども、まさかこれでずっとここまで来るとはその時は思ってないですよ、ぜんぜん。
A: 鳴るもんだなって感じがしましたね。よくハモれるもんだなというより、声が鳴ってる・・・鳴るもんだなって感じがしましたね。なんか部室で二人で歌ってみると・・・なんだか気持ちがいいただ二人が合わさってるって感じじゃなくて何か気持ちいいぞっていう。だから当時・・・声と声の重なったところで響きあってる、聴感上感じ得れないところがどっかで体感できてたんでしょうね。
♪流恋情歌
N: オリジナル曲「流恋情歌」で第16回ポプコンに出場。この時二人のボーカルに5人のバンドメンバーが加わり7人からなるバンドチャゲ&飛鳥が生まれた。(7人のメンバーの写真が映された。)残念ながら結果は入賞どまり。だが二人のボーカルは関係者の大きな注目を集めた。音楽ディレクターの山里剛もそのひとりだった。山里は二人をデビューさせるにはポプコンでグランプリを獲るようなインパクトのある曲が必要だと考えていた。
Y: やっぱり「流恋情歌」がいくら良い曲だとはいえこちらのビジネスとしても、で、その彼らの人生をかけることに対しても、もっと周到な用意と実力を証明する必要があるわけですよ。で、そのためにはこれ一曲ではやっぱり・・・信用できないって言葉は・・・ちょっと、あのあんまりいい言葉じゃないかもしれないけど、信用させてくれよという感じはしましたよね。
N: そしてASKAがポプコンのグランプリを夢みて作ったのがひとり咲きだった。ASKAはあえて歌詞を女性言葉にした。
A: 当時・・・よく言ってましたね。なんで自分達は男なのに男で書くとなんか詰まるんだろう。女性言葉で書くと、なんか詞が進むよなあみたいな。で、その女性言葉で書いて、それを歌うこと自体があんまり恥ずかしい・・・恥ずかしいじゃない、なんかなあ、あんま不自然なことじゃなかったですよ。
Y: ええ、あんなに激しく女言葉で歌う歌は、恐らくそれ以前にはないと思います。うん、だから新しい角度切り込んできてるなという感じはしましたよね。
N: ASKAはその繊細な女性言葉と大胆なメロディーとの落差を狙っていた。
A: だからこう、なんつうのかな、後ろ向いて歩いてる人に向かって石を投げて、ちゃんと当たって「イテッ」って言って振り返るぐらいの曲を書きたいなっていう。サビがきたあとでまだサビがくるか!っていうのを作ってみたかったんで。うん、そういう意味ではダダダダダー♪(燃え尽きて〜のメロ)って上がっていったあとで、ドゥドゥドゥドゥ〜ダダダダ〜♪(別れうた〜のメロ)っいう、なんかインパクト命みたいなね、そういう作り方でしたから。
N: 1979年、チャゲ&飛鳥は「ひとり咲き」で第17回のポプコンに出場する。チャゲ&飛鳥の「ひとり咲き」はグランプリの最有力候補と噂された。しかし、コンテスト当日思わぬアクシデントが彼らを襲う。
CM
N: チャゲ&飛鳥が満を持して挑んだ第17回ポプコン嬬恋本選会。7人のバンド全員でデビューするためにも絶対グランプリを獲るとASKAは心に誓っていた。
A: 本番・・・エントリー告げられてイントロが鳴った時にカメラマンがダーッて集まってきましたよ。それで、あっ、なんとなくこれは下馬評で上がってたのかな?というね、これがまた良くないですよね。そんなこと考えるなんてね、ちゃんと歌えって。それで、そんなことで自分は舞い上がってるわけですよ。
N: 本番でASKAは歌い出しのタイミングをミスしてしまう。その瞬間、グランプリは夢と消えた。
A: いや、もう、申し訳ないっていうね。もう・・・それを何度か言って終わりですよねえ。
C: いやあ、俺達らしいなと思いましたね。うん、ああこういうところを落としちゃうなんてあるんだなっていう。やっぱどっかになんかこう、若気の至りかもしれないけど、もう、あのお・・・コメントまで考えてた自分達がいたというね、グランプリ獲った時の(笑)そこまで考えてた僕らがいたのが、もう足元スコーンとすくわれましたから・・・
N: 結果は前回同様入賞どまり。しかし山里はすぐにレコードレビューを打診する。ただしそれはバンドのメンバーを外したチャゲと飛鳥二人だけのデビューだった。
C: 当然、バンド一緒で7人で上京できると思ってましたけど、やっぱり当然東京が求めてるのは二人のボーカルということあと曲を作れる二人っていうことですから、そこはちょっとキツかったですけども。
A: どうしてもね、そこで自分だけが、チャゲと二人で東京に呼ばれるってことはどうしても耐え難いことで、だったらデビューはいいですってとこまで、2回くらいそいう話出ましたね。何度も話しながらデビューはいいですってことキッパリ言ったことは2回くらいあったと思いますよ。
N: 1979年初夏。メンバーのことは一旦保留となる。しかしレコーディングだけでもという山里の誘いに応じて二人は東京に向かった。「ひとり咲き」のレコーディングが行われた渋谷のスタジオにはそうそうたるスタジオミュージシャンがスタンバイしていた。
A: でも・・・ものの見事にその一回目のレコーディングのところでもう絶句する状態を迎えましたね。僕らがもうっ何っ回練習しても、こう何度も何度もやってきたとこでまだできなかったことを一発でするわけですよね。で、ま、このくらいないとダメなんだよっていうのをですね、ま、見せ付けられる・・・もしかしたらそいうのを見せ付けようってことだったのかもしれないですね。もうぐうの音も出なかったですね。きっと東京に出てきても彼らは食えないって思いましたね。
N: 福岡に帰った二人はバンドのメンバーに全てを正直に話し、そして別れを告げた。(BGMの「ひとり咲き」オルゴールVrが切なかったです。)
A: 今でも一緒にデビューしたいって気持ちは変わらないと、だけど我々が先に曲が書けないとかへばった場合にはもうどうしようもないぞということで、ま、自分からですよね・・・「ちょっと行ってくるわ。」と「デビューしてくるよ。」と、それで、もしかしたら1曲くらいヒット曲出るかもしれないけども、もうそんなもん何年かで終るだろうと。でも、もし5年、10年経って自分達が事務所抱えるようなことがあって、そういうようなことが出来るような、ま、夢みたいなことだけど、そういうのができたときにはもう一度声かけるので、そん時に、声かけた時にやってみたいなってホントに思ってくれるんだったら、そん時もう一回やろうよって言ってそれで、取りあえず別れたんですよね、みんなとはね。空しさとか、悔しさとか、歯がゆさとか、それをまた受け入れなきゃいけない気持ちだとかもういろんなものが混ざり合ったものが、どこにぶつけていいのかわかんなくて・・・
C: 今考えてみると、同じステージに立ってコンテストに出たっていうこれが楽しい・・・そうじゃなくて、その出るために練習した、その練習した練習スタジオの光景が僕は好きだったんですよ、今考えると。もう、ああでもない、こうでもないって言って、みんなで練習していったあの時代、あの頃の景色があの辺がやっぱり楽しかったですね。時間がいくらあっても足りなかったっていう。一曲の楽曲をアレだけ練習するって、もうないですからね。
N: 1979年8月25日、CHAGE&ASKAのデビューシングル「ひとり咲き」がリリース。二人は仲間と故郷に別れを告げ、プロの道を歩き始めた。
CM
N: CHAGE&ASKAがデビューして24年の歳月が経った。二人は半年をかけ66ヶ所の全国公演を精力的にこなした。常に新しい音楽を追い求める二人は長い間ツアーでデビュー曲を歌うことはなかった。しかし今回彼らは14年ぶりに「ひとり咲き」を歌うことを決めた。
ライブ前、円陣組んでセーノ!のシーン
 A:あれ、68本だっけ?
 マッキー:66本
 A:66本か。頑張りましょうね。
 一同:ういっ〜す!
 A:せーの
 一同:オーッ!
A: こだわって歌わなかった曲を何故こだわらなくなったんだろうって、時間の流れの中で自分のもしかしたら・・・あのお・・・自分だけが認めてもいい、もしかしたら成長なのかもしれな
  いなっていう自分で思えるところもあるだろうし。やっぱデビュー曲なんですよ。いろんな思いがありましたからねえ。
C: 変な話ですけどこのツアーで、今回のツアーで「ひとり咲き」がどんどん、どんどん近づくにつれてワクワクしていくんですよ。あっ、もうすぐ「ひとり咲き」がやれるっていうね。ただの懐かしい曲ではないっていう、また時代をこう一周りも二周りもしてあの楽曲が光り輝いてるというもの、音楽の素晴らしさ、凄さっていうのを痛感しましたね。
ステージに向かうバックステージのシーン
 C:行ってきま〜す。
 A:行ってきます!

♪THE LIVE 「ひとり咲き」ワンコーラス

間奏でASKAさんのインタビュー映像
A: あのね、同義語で言うと「ひとり咲き」って福岡、故郷っていうのと僕の中では同義語ですね。「なんで福岡が好きなんですか?」って言われると「え、だって生まれた土地だもん」って言うしかないんですよ。「福岡のいいとこ言って下さい。」・・・わかんない、何がいいんだか全然わかんない。「何がいいんですか?」「えっ、だって生まれた土地ですよ。」そういうのと似てるかもしれませんね、「ひとり咲き」っていうのは。(冒頭のインタビューと同じシーンでした。)
♪「ひとり咲き」ツーコーラスめから最後までの映像
番組エンディング
【エンドロール】ライブ終了後のバックステージ映像
(演出)西 敬輔
(構成)杉原 邦彦
(撮影)二方 昭雄
(技術)湯原 直樹
(VTR編集)松沢 章
(MA)小田 崇
(音響効果)塩谷 吉絵
(タイトル画)矢吹 申
(タイトル映像)守屋 健太/Nick Smith
(音楽)「Eternal Story」EMI
(テーマ曲作曲)千住 明
(音楽プロデューサー)友野 久夫
(企画協力)ビデオプロモーション
(協力)日本航空 (財)ヤマハ音楽振興会 国営昭和記念公園 ロックダムアーティスツ
(映像協力)WOWOW
(演出補)松田 淳子
(総合演出)田中 徹
(プロデューサー)齊藤 紀子 高橋 邦光
(テレビ東京)三室 雄太郎 中村 哲夫
(制作協力)日経映像
(制作)TV TOKYO テレビマンユニオン

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